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アイフル

1967年に福田吉孝社長が19歳という若さで京都に個人経営の消費者金融会社「松原産業」を設立したのがアイフルの原点です。1978年には丸高株式会社を設立、早くもコンピューター化を開始して1982年には関連会社(大朝・山勝産業・丸東)を吸収合併して称号を「アイフル」に変更しました。その後も積極的な経営を推進し、全国規模で支店ネットワークを展開して株式の店頭公開や東証一部への上場と会社規模を拡大していきます。1995年には自動契約受付機「お自動さん」を設置し若者から多忙なサラリーマンなどが気軽にキャッシングできる環境作りをして会員数を増やしていくのです。

しかし、強引な営業活動や悪質な取立てなどの違法行為が表面化して2005年4月には「アイフル被害者の会」が弁護士・司法書士・債務者らにより結成され、ついに2006年4月、財務省近畿財務局長より全店舗に業務停止命令を出されたのです。この一連の動きはニュースにも取り上げられて社会問題化し、改正貸金業法施行の後押しになったといっても過言ではないでしょう。

同法は非常に消費者への保護色が強いのでアイフルにとっても業績に多大な影響を与えていくことになります。経営の改善に努めながら金利の上限を28.825%から20%へ、下限は12.775%から9.8%に下げたのです。これは優良な顧客の囲い込みを狙う戦略でもあったのです。

大手消費者金融アコムなどは大手銀行の傘下に入り経営基盤を磐石にする動きを見せますが、アイフルは逆に地方銀行を買収してキャスティングボードを持ちながら、クレジットカード事業や事業者向けローンなどに多角化して「総合金融グループ」と称し活路を探していきます。このグループ戦略がリスクのポートフォリオに効果をあれば利益の相乗効果も期待できたのですが、2008年以降には経営悪化が表面化してグループの縮小と本体の事業縮小を余儀なくされたのです。傘下であった12社以上の消費者金融会社は2010年には僅か7社に減少しました。

また、グレーゾーン金利撤廃に伴い、多額な過払い金返還請求が激増したため、約2000人規模の希望退職者を募り店舗も3分の1に縮小するリストラに着手したのですが最終的には事業再生ADR(裁判外紛争解決手段)を申請したのです。破産や民事再生とは異なり弁護士などの第三者が入り債権者と裁判ではなく話し合いで和解するものなので、アイフル自体の存在価値と信頼性を重んじた申請なのでしょう。今後の同社に注目したいところです。